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カルニア地方とサウリス

この地方は、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州の北側、丘陵地にあたる部分で、オーストリアとスロヴェニアの国境地域に位置します。
この土地の名前は、ラテン語の「カルニアクム」を由来とし、同州に紀元前2世紀にこの土地に住んでいた「カルニ」という民族の名前からきています(古代ローマ時代の歴史家であるティート・リーヴィオ(ティトゥス・リウィス)により、カルニという民族がここに居住していた、著述されています)。

この地域は、非常に自然豊かな土地であり、その景観は他地には代え難い素晴らしいものです。ツメル土地を覆う森林は、モミ、ブナ、カラマツなどから成り、雄大な自然を間近に感じることができます。
植物の生育や植物群は、標高により変わります。標高400-500mまでの低山部では、森林に生える樹木はモミやクリなどで形成されます。次に続く山間部としては、ブナ、モミ、マツなどで構成される森林へと。植物群も変化します。さらに高度をあげ、1500mにまでなるとそれまであったような密集した森林を形成することなく、樹木の密度もまばらになり、植物も低くなり、その植物群がだいぶ変わってきます。

カルニアは標高1700mに位置する地域であるので、同州のなかでは、植物群の最も小さな部類のものが生育する地域といえます。陽のあたる斜面地には牧草地が広がりますが、もともと農業には適した土地ではありませんでした。とはいえ、土壌の研究などから、現在は2000種に及ぶハーブやスパイス、約1000種のキノコ類、そして約50種にもなるランの栽培生産が、盛んに行われています。
また、晩春には野生のリンドウやシャクナゲなどがあちこちで開花し、野生のキイチゴが生育する、夏季には草原地の緑色がより一層濃くなる…など、季節ごとにさらに色鮮やかな美しい光景が広がります。

この自然の恵みを享受するため、多くの人々がこの地域を訪れるのも当然のこと。山間地帯ならではのバカンス地として、夏季にはトレッキング、マウンテンバイクや乗馬など、冬季はスキー等を楽しむ人々が主にヨーロッパ各地から集まってきます。

そして、大自然に恵まれたカルニアには、伝統的な食文化も発達してきました。現在も受け継がれているこの土地の食文化は非常に価値ある貴重なものとして、この土地の人々のみならず、世界に発信される産物もあるのです。

サウリス (Sauris)

サウリスはルミエイ峡谷(ヴァル・ルミエイ)に位置します。この地の代表する景観のひとつともなっているルミエイダムとそこから続くサウリス湖は、自然の大迫力を感じる場所として知られます。

サウリスの起源としては、13-16世紀に続いた戦いの混乱から、自国を逃げ出した2人のドイツ軍の兵士が山間の孤島として、この地に留まったことから、と言われています。
また、別説もあり、中世歴史学者のジョルダーノ・ブルネッティンによると、13世紀半ばにはこの土地に居住していた人種がすでに存在していた、といいます。最初の文献では土地が実存した記録として1280年のものにまで遡るとされていますが、残念ながらこの文献は現在残されていないのだとか。今日で残されているサウリスを著述する最も古い土地の文献は1318年のものとされ、当時の封建制度的な社会機能が記されているものです。幾世紀にも渡る人類の居住の歴史がこのような山間部にまで及んでいたことには人類の生活への執念をも感じられるほどです。

さて、近代に歴史を遡り、1948年には7年間の歳月を費やし、巨大なダムが建設され、それに基づいてサウリス湖が形成されました。戦時の真っ最中であったことは言うまでもありませんが、これを建設するにあたっては、300人とも言われる多くのニュージーランド人の捕虜がその仕事に就かされたといいます。

この地域は各々の生活集合体(自治体)が非常に狭く囲まれた独特の地区がそれぞれの文化を作り上げているのも、特色のひとつです。そのうち、興味深いもののひとつは、彼らの話す言語です。特徴的なのは、ドイツ語を語源とするような土地固有の言葉。狭い地域のなかで発達した、いわゆるドイツ-イタリア語のような独特の言語が発達しています。これも、この土地の地形(小さな地区がそれぞれに離れている)が産み出した文化のひとつともいえるでしょう。
そして、サウリス地区の訛りともいえる「サウラーノ」は、土地訛りの言葉としては、さらに古い「ティロネージ(チロル地方の、という意味)」と関連するものがあるとされます。この土地の多くの人々は3言語を話すと言われ、それらは、サウリス語、フリウリ語、そしてイタリア語、と言われるのも、面白いところです。

土地の食文化

主な生産物 (Prodotto tipico)
サウリス産プロシュット(生ハム)とスペック

(プロシュット・ディ・サウリス/スペック・ディ・サウリス/ Prosciutto di Sauris/Speck di Sauris)
サウリスという名を有名にしているのが、この地で生産されるプロシュット(生ハム)です。
豚肉の保存を目的として生まれた産物ですが、この土地の特殊な気候、土壌だからこそのクオリティの高さは、他地の有名なプロシュットと味わいの違いを感じることと思います。熟成期間は16ヶ月を要し、それにはこの土地の自然と空気が必要です。仕上がるハムは滋味深い旨みと甘みがあります。
そして、燻製の生ハム=スペック(Speck)も価値ある逸品。サウリスのスペックが有名となっているのは、その独特の製法によるもので、生ハムを冷燻させることにあります。燻製にはブナの木を用いますが、ほんのりと甘い香りのブナの香りがスペックにその独特の個性を与えています。

モンタージオチーズ (フォルマッジョ・モンタージオ/Formaggio Montasio)

有名なチーズとして第一に挙げられるのは、「モンタージオ(Montasio)」です。
モンタージオは、牛乳からつくられるセミハードタイプのチーズです。熟成度(期間)により、チーズの状態が変わり、呼び名も変わります。原料を同じとするものですが、熟成期間の違いでそれぞれの美味しさが変わります。
・フレスコ(”新鮮な”という意味) 60日熟成
・メッザーノ(”中間の”という意味) 4ヶ月熟成
・スタジョナート(”熟成した”という意味) 10ヶ月熟成
・ストラヴェッキオ(”非常に熟成した”という意味) 18ヶ月熟成
モンタージオの特徴は、この熟成度の違いによる個性がでるところにもあります。例えばフレスコを口にしたなら、柔らかい弾力感とデリケートで牛乳をそのまま感じるような風味を感じるでしょう。メッザーノを食べたならばフレスコよりもしっかりと決まった風味を感じ、生地全体に小さめな気泡、少し乾燥した外皮、色も濃い目なことが分かります。さらに、スタジョナートには、より強い風味と塩気と旨味が加わり、その状態も細粒状にホロホロとした感が出てきます。
地元の人々が実際にチーズを購入する際には、これらの味の違いを知っているうえで、好みや用途の違いなどによって使いわけます。

フォルマディ・フラント(フォルマディ・フラン/Formadi Frant)

カルニアにに伝わる非常に珍しいチーズです。この地区に育った乳牛からとる牛乳は、土地ならではの野草を食べ、それが美味しいチーズの原料となります。フレッシュなタイプとおろすことができる熟成の進んだものとがあります。
特徴は、製造中に乳脂肪の高い乳と黒コショウを加えること。濃厚な風味、個性ある生地の食感、ピリリとしたコショウの風味がこのチーズの個性です。
発祥の由来としては、この地区が他の地区と非常に孤立した位置にあることから、生産物も商業的な面からも自給自足に近い環境にあったこと。そこで、チーズも他地区との売買などは考えられなかったことから、重要なタンパク源であり、保存食となるチーズ作りにも失敗など許されなかった、といいます。黒コショウを加えることで、熟成庫の天敵であるネズミからの被害を守る意味もあったといいます。特徴ある風味を与える目的だけではない、土地の食文化の発達の意味もあり、興味深いエピソードでもあります。

ビール

そして、もうひとつサウリスの重要な産物は、クラフトビールです。その最も有名なメーカーがザーレ・ビール(ZAHRE BEER)で、その名の「ザーレ」は昔の土地の訛りで「サウリアーノ(サウリスの)」という意味を持ちます。製品を土地ならではとして仕上げている要素には、土地の歴史、そして澄んだ水と土地の人々の愛情とされています。
風味の特徴はアサ、燻製のほのかな香りがすること。まさしくここだけが生み出す稀少価値の高いビールです。

土地の料理
チャルソンス (Ciarsons)

カルニア地方で最も代表的な料理です。
粉と水でこねて広げ、小さくカットした生地に、ジャガイモをベースとした中身を包みます。ラヴィオリと似ていますが、土地の個性としては、甘いもの(ドルチェ)と塩味(サラート)との両者があることです。
生地に包む具材のレシピは非常に様々ですが、よく知られるところでは、干ブドウ、ビターチョコレート、ココア、シナモン、ビスコッティやジャム、そしてほうれん草、チャイブ、パセリ、リコッタチーズ、ジャムなど。それぞれが味の要素となります。さらにはラムやグラッパなどで風味づけしたりもします。
具材を生地に包んだら、塩を加えた湯で茹でます。最もオーソドックスな食べ方は、溶かしたバターを絡め、燻製のリコッタチーズ(スクエテ・フマーデ)をおろしたものを上にかけていただきます。他、バターの代わりにロント(L’ont)を使うレシピなども。ロントとは、バターを溶かして清澄した状態のもので、バターに含まれる水分を取り除くという意味もあり、元来は夏季のバターの保存用とされていました。カルニア地方では、これを利用した料理が残ります。
チアスソンスはカルニアの伝統的なポーヴェラ料理(貧しい料理)の代表として息づいてきた料理ですが、現在のように伝統料理として脚光をあびるようになったのは、70年代に活躍したカルニア出身の有名料理人、ジャンニ・コセッティ氏の功績があった、とされています。

フリコ(Frico)

フリウリ全土に伝わる郷土料理ですが、この地区では特に、美味しいフリコの材料となるモンタージオのオリジナル産地であることからも、伝統料理として筆頭にあげられます。
使う材料はチーズ(モンタージオ)、ジャガイモ、玉ねぎ(必須ではない)。シンプルな料理です。フライパンでジャガイモ(と玉ねぎ)をしっかりと炒め、チーズを加えて両面を焼きあげます。
レシピは各家庭により様々なものがあります。ベースとなるジャガイモは必須ですが、それを生のまま使う、茹でたものを使う、そして玉ねぎなし、少し玉ねぎを加える、玉ねぎをしっかり感じさせるほど使う…。そしてジャガイモと同様に主役となるモンタージオも熟成期間の違うものを使ったり、熟成の若いもの、または熟成する前のフレッシュなものを使う、等。あるシニョーラは、焼き上げるまでに弱火でじっくりと2時間もかけて両面を焼き上げる、ともいいます。
見た目には非常にシンプル。ただし同じ一皿でも実に様々なフリコが存在する、そんな料理です。